東北大学大学院工学研究科機械機能創成専攻/東北大学工学部機械知能航空工学科機械システムコース

多様な熱音響デバイス -熱すれば熱するほどよく冷える?-


 熱も音波もどちらも身近だが,熱と音波の相互変換が可能なことは意外なほど知られていない.熱音響現象を利用した熱音響デバイスでは音波で冷やしたり,熱で音波を発生することが可能だ.


Q.熱音響現象はどんな現象?

 熱音響自励振動は古くから知られていた現象であり,気柱管の一端を加熱することで自然に発生する気柱振動を指す.一方,音波により多孔体の軸方向に温度差が生じる熱音響冷却現象が明らかになったのは比較的最近のことである.当初は流体力学の問題として研究がスタートしたが,1980年代後半からはもっぱら熱機関の観点から,定在波音波に関連する熱音響現象の基礎と応用研究が世界中で行われている.進行波音波に関わる研究は21世紀になってようやく始まったばかりであるが,新しいエネルギー技術として注目されている.


Q.熱音響デバイスとは?

 熱音響自励振動を利用すると動力を音波の形で発生する音波エンジンが可能になる.音波を動力源とする音波クーラーも実現している.どちらも部品点数が著しく少なく,組み立て,維持管理も容易である.低コスト化も可能.廃熱利用,宇宙,砂漠,海洋での利用が期待される技術である.


Q.他との共通点、相違点は?

 スターリングエンジンは圧力振動を伴う流体の振動運動を利用する点で熱音響デバイスと類似の熱機関である.スターリングエンジンは高い熱効率が特色の熱機関である.進行波音波を用いた熱音響デバイスは,スターリングエンジンの対向ピストンの代わりに音波を利用する点が異なる.


・熱で音を出す(=音波エンジン)

 音波エンジンの加熱部分を300℃程度まで熱する.臨界温度に達すると,装置に充填したヘリウム-アルゴン混合ガスの共鳴周波数で音波が自励発振を開始し,音波エンジンとして動作し始める.

・音で冷やす(=音波クーラー)

 音波エンジンが発生する音響パワーは気体を充填したパイプを通じて音波クーラーに流れ込む.音波クーラーでは逆スターリングサイクルと同様のサイクルが行われ,低温が得られる.

・熱で音を出す(=音波エンジン+音波クーラー)

 加熱すればするほど,音響パワーが増大し,より低温が得られる.全く可動部なしにマイナス10℃の低温を実現する.



熱音響現象の物理 -局所的エネルギー変換と局所的エントロピー生成-


可動部のない熱機関を合理的に理解するには?

 熱力学は熱機関の誕生とともに発展してきた.「熱」と「仕事」を関係づける熱力学第一法則(エネルギー保存則)と系に出入りするエントロピーの大小関係を表す熱力学第二法則(エントロピー増大則)は蒸気機関,内燃機関などあらゆる熱機関に対して成り立つ普遍的物理法則である.それでは熱,仕事,エントロピーはピストンのない熱機関である熱音響デバイスに対しても十分に有効な物理概念だろうか. 熱音響現象を理解するために提案された「熱流」と「仕事流」という2つのエネルギー流と「エントロピー流」を使うと熱機関の理解の仕方が新しくなる可能性がある.実験を通じて,流体力学と熱力学の境界領域に新しい学問分野を構築したい.


どのようにして熱音響エネルギー変換が起こるのか?

 固体ピストンなしにどのようにして音波がエネルギー変換を行うのだろうか.細管流路の一体どこで,どれだけのエネルギー変換が行われるのだろうか.効率がよくしかも出力の大きな音波エンジン・音波クーラーの開発にはこれらの疑問点を明らかにする必要がある.熱音響工学の発展を支えるしっかりとした基盤を築くためには,流体要素に関わる振動量の直接的な計測をもとに局所的エネルギー変換や局所的エントロピー生成を実験的に調べることが重要となる.


 温度勾配のある細管流路内の振動流体は,音波の1周期の間に「圧縮」,「膨張」,「加熱」,「冷却」という熱力学的プロセスを実行する.この結果,軸方向に流れる「熱流」と「エントロピー流」が生じるとともに「熱流」と「仕事流」の間の相互変換も起きる.つまり一つ一つの流体要素がエネルギー変換を実行すると考えられる.優れた音波エンジンと音波クーラーの開発にはそれぞれが最大限の能力を最も効率よく発揮することが必要である.




音波を使った熱機関 -音波エンジン・音波クーラーの実現に向けて-


 ● 音波によるエネルギー変換のための可動部を必要としない
 ● 外燃機関なので太陽光エネルギーや廃熱が利用可能
 ● 共鳴管,蓄熱器,一対の熱交換器だけの著しく簡単な構造
 ● 不活性ガスを作動流体に用いたノンフロン冷凍
 ● 本質的に効率が高いスターリングサイクル熱機関


[1]エネルギー変換機構の解明

 音波エンジンでどのようにしてエネルギー変換が行われるのかは,その性能向上のために明らかにすべき課題である.可動部品無しでエネルギー変換を実行する音波エンジンの音場の自己調節機能や振動モード選択に関する研究をこれまで行ってきた.現在は,進行波音波による音響パワー増幅において最も本質的な物理量を見つけ出すことや,気柱共鳴管内衝撃波におけるモード間相互作用を明らかにする研究を音場計測とエネルギー流計測により進めている.


[2]新しいデバイスの提案

 熱音響現象を利用した熱音響デバイスには,熱で音波を発生する音波エンジンや,音波で冷却する音波冷凍機,また音波で放熱を促すドリームパイプ等が知られている.これまで,熱を使った音波増幅器と消音器,音波エンジンと音波クーラーを組み合わせた熱駆動型クーラープロトタイプを提案してきた.これら新しいデバイスの定量的効率評価を行うとともに,音波エンジン発電機プロトタイプに関する研究を行っている.可動部品を持たない新しいエネルギー変換システムへと発展させたい.





[3]基盤的実験技術の確立

 単位断面積当たりの音響パワーを表す仕事流が直接的に計測できるようになったのは1998年である.現在でも熱音響現象の実験的理解に必要な計測技術は十分に確立されているとは言えない.光を使った流速振動計測を中心にして,圧力振動計測と気体の温度振動も同時に計測する手法を組み合わせた多元的同時計測により,エネルギー変換のその場観察やエネルギー流・エントロピー流の観測を目指している.






複雑流体の濡れ現象


 コロイド分散系,界面活性剤,高分子といった複雑流体(あるいはソフトマター)は,ソフトな力学的性質を有する物質群であり,その流動は自然界や我々の生活において重要な役割を果たしている.工学プロセスで使用される複雑流体の制御には,顕れる現象のメカニズム解明と理解が不可欠である.しかし,複雑流体が内包する多階層性からその現象理解は容易ではない.

 私たちは,新たな機能性流体材料であるナノフルイド(ナノ粒子分散液)をはじめとした複雑流体について,相変化伝熱や印刷・塗布といったプロセスで広く観察される濡れ現象に注目した研究を進めている.特に,固体・液体・気体の共存する接触線近傍の薄い液膜に対して,位相シフトエリプソメータを開発し,ナノマイクロメートルスケールの液膜形状計測を行い,現象解明に取り組んでいる(右図:Shoji et al., Exp. Fluid, 62 (2021), 206).


光学計測手法の開発

位相シフトエリプソメータ

 偏光解析法(エリプソメトリ)に位相シフト技術を導入することで,ナノメートル薄膜の二次元かつ時間分解計測を可能とする位相シフトエリプソメータを開発した.さらに,光干渉法の原理を併用することで,理論上サブナノメートルの分解能で膜厚測定を可能としながら,ナノメートルからマイクロメートルにわたる広いダイナミックレンジでの液滴形状観測を可能とした.直接観察では難しかった形状計測を通じて,複雑流体をはじめとした濡れ現象への新たなアプローチを試みている(Shoji et al., Opt. Lasers Eng., 112 (2019), 145).


位相シフト光干渉計

 光干渉法に位相シフト技術を導入することで,従来の光干渉法から測定・空間分解能が向上した測定を可能とした.当該測定手法では,密度・温度・濃度の時空間分布が測定できるため,各種現象の中の熱・物質輸送を観測できる.現在は,前述の熱音響に関わる音波内の輸送現象(Shoji et al., J. Acoust. Soc. Am., 155 (2024), 2438)や液体中の物質輸送の観測に取り組んでいる.