多様な熱音響デバイス -熱すれば熱するほどよく冷える?-
熱も音波もどちらも身近だが,熱と音波の相互変換が可能なことは意外なほど知られていない.熱音響現象を利用した熱音響デバイスでは音波で冷やしたり,熱で音波を発生することが可能だ.
- 熱で音を出す(=音波エンジン)
音波エンジンの加熱部分を300℃程度まで熱する.臨界温度に達すると,装置に充填したヘリウム-アルゴン混合ガスの共鳴周波数で音波が自励発振を開始し,音波エンジンとして動作し始める. - 音で冷やす(=音波クーラー)
音波エンジンが発生する音響パワーは気体を充填したパイプを通じて音波クーラーに流れ込む.音波クーラーでは逆スターリングサイクルと同様のサイクルが行われ,低温が得られる. - 熱で音を出す(=音波エンジン+音波クーラー)
加熱すればするほど,音響パワーが増大し,より低温が得られる.全く可動部なしにマイナス10℃の低温を実現する.

熱音響現象の物理 -局所的エネルギー変換と局所的エントロピー生成-
可動部のない熱機関を合理的に理解するには?
熱力学は熱機関の誕生とともに発展してきた.「熱」と「仕事」を関係づける熱力学第一法則(エネルギー保存則)と系に出入りするエントロピーの大小関係を表す熱力学第二法則(エントロピー増大則)は蒸気機関,内燃機関などあらゆる熱機関に対して成り立つ普遍的物理法則である.それでは熱,仕事,エントロピーはピストンのない熱機関である熱音響デバイスに対しても十分に有効な物理概念だろうか.熱音響現象を理解するために提案された「熱流」と「仕事流」という2つのエネルギー流と「エントロピー流」を使うと熱機関の理解の仕方が新しくなる可能性がある.実験を通じて,流体力学と熱力学の境界領域に新しい学問分野を構築したい.
どのようにして熱音響エネルギー変換が起こるのか?
固体ピストンなしにどのようにして音波がエネルギー変換を行うのだろうか.細管流路の一体どこで,どれだけのエネルギー変換が行われるのだろうか.効率がよくしかも出力の大きな音波エンジン・音波クーラーの開発にはこれらの疑問点を明らかにする必要がある.熱音響工学の発展を支えるしっかりとした基盤を築くためには,流体要素に関わる振動量の直接的な計測をもとに局所的エネルギー変換や局所的エントロピー生成を実験的に調べることが重要となる.

温度勾配のある細管流路内の振動流体は,音波の1周期の間に「圧縮」,「膨張」,「加熱」,「冷却」という熱力学的プロセスを実行する.この結果,軸方向に流れる「熱流」と「エントロピー流」が生じるとともに「熱流」と「仕事流」の間の相互変換も起きる.つまり一つ一つの流体要素がエネルギー変換を実行すると考えられる.優れた音波エンジンと音波クーラーの開発にはそれぞれが最大限の能力を最も効率よく発揮することが必要である.

音波を使った熱機関 -音波エンジン・音波クーラーの実現に向けて-
- 音波によるエネルギー変換のための可動部を必要としない
- 外燃機関なので太陽光エネルギーや廃熱が利用可能
- 共鳴管,蓄熱器,一対の熱交換器だけの著しく簡単な構造
- 不活性ガスを作動流体に用いたノンフロン冷凍
- 本質的に効率が高いスターリングサイクル熱機関
[1]エネルギー変換機構の解明
音波エンジンでどのようにしてエネルギー変換が行われるのかは,その性能向上のために明らかにすべき課題である.可動部品無しでエネルギー変換を実行する音波エンジンの音場の自己調節機能や振動モード選択に関する研究をこれまで行ってきた.現在は,進行波音波による音響パワー増幅において最も本質的な物理量を見つけ出すことや,気柱共鳴管内衝撃波におけるモード間相互作用を明らかにする研究を音場計測とエネルギー流計測により進めている.
![[1]エネルギー変換機構の解明](images/research/research04.jpg)
[2]新しいデバイスの提案
![[2]新しいデバイスの提案](images/research/research05.jpg)
熱音響現象を利用した熱音響デバイスには,熱で音波を発生する音波エンジンや,音波で冷却する音波冷凍機,また音波で放熱を促すドリームパイプ等が知られている.これまで,熱を使った音波増幅器と消音器,音波エンジンと音波クーラーを組み合わせた熱駆動型クーラープロトタイプを提案してきた.これら新しいデバイスの定量的効率評価を行うとともに,音波エンジン発電機プロトタイプに関する研究を行っている.可動部品を持たない新しいエネルギー変換システムへと発展させたい.
[3]基盤的実験技術の確立
単位断面積当たりの音響パワーを表す仕事流が直接的に計測できるようになったのは1998年である.現在でも熱音響現象の実験的理解に必要な計測技術は十分に確立されているとは言えない.光を使った流速振動計測を中心にして,圧力振動計測と気体の温度振動も同時に計測する手法を組み合わせた多元的同時計測により,エネルギー変換のその場観察やエネルギー流・エントロピー流の観測を目指している.
![[3]基盤的実験技術の確立](images/research/research06.jpg)
複雑流体の濡れ・流動
コロイド分散系,界面活性剤溶液,高分子溶液などの複雑流体(ソフトマター)は,固体とも単純な液体とも異なる柔らかな構造と力学応答を示す物質群であり,自然界から工学プロセスまで幅広い場面で重要な役割を担っている.印刷,塗布,乾燥,分離といったプロセスにおいて複雑流体を高度に制御するためには,流動,濡れ,界面,内部構造が相互に関わる現象のメカニズムを理解することが不可欠である.しかし,複雑流体ではナノ・マイクロスケールの構造がマクロな流動や界面変形に影響するため,現象の理解は容易ではない.
当研究室では,新たな機能性流体材料であるナノフルイド(ナノ粒子分散液)をはじめとする複雑流体を対象に,印刷・塗布プロセスで広く現れる濡れ現象の研究を進めている.特に,固体・液体・気体が共存する接触線近傍では,極めて薄い液膜の形状や内部の粒子分布が濡れ挙動を支配する.私たちは,位相シフトエリプソメータを用いたナノメートルからマイクロメートルスケールの液膜形状計測により,複雑流体の濡れを支配する物理メカニズムの解明に取り組んでいる(右図:Shoji et al., Exp. Fluids, 62 (2021), 206).


複雑流体の流動や濡れを理解するうえでは,粘度,拡散係数,熱拡散係数などの輸送物性に加え,界面張力をはじめとする界面物性の把握が重要となる.一方で,日々新しく開発される機能性流体材料には,未知の物性値が数多く存在する.当研究室では,各種現象において鍵となる熱物性・輸送物性・界面物性を測定するとともに,それらの物性と材料内部の微視構造との関係を明らかにする研究に取り組んでいる.
振動流内の輸送現象
振動する流れの中では,微小な流体要素が圧縮・膨張や温度変化を繰り返すことで,熱力学的なサイクルが形成される.このサイクルを適切に制御し,空間的に連鎖させることで,通常の定常流とは異なる熱・物質輸送機能の発現が期待される.当研究室では,振動流内で生じる熱・物質輸送現象を明らかにするとともに,その原理を利用した分離効果の創出を目指している.本研究を通じて,微小流体要素の熱力学的サイクルに着目した新たな工学分野を開拓し,未利用熱の利用,低コスト,低環境負荷,長寿命を兼ね備えた分離技術の実現を目指している.

光学計測手法の開発
位相シフトエリプソメータ
偏光解析法(エリプソメトリ)に位相シフト技術を導入することで,ナノメートル厚さの薄膜を二次元かつ時間分解で計測できる位相シフトエリプソメータを開発している.さらに,光干渉法の原理を併用することで,サブナノメートルオーダーの膜厚分解能と,ナノメートルからマイクロメートルにわたる広いダイナミックレンジを両立した液滴形状観測を可能としている.近年は,極薄液膜中のナノ粒子濃度分布を膜厚と同時に計測する手法の開発にも取り組んでおり,材料内部構造と濡れ現象の関係解明を目指している.従来手法では観測が困難であった界面近傍の情報を取得することで,複雑流体の流れに対する新たな計測アプローチを提案している(Shoji et al., Opt. Lasers Eng., 112 (2019), 145).

位相シフト光干渉計

光干渉法に位相シフト技術を導入することで,従来の光干渉法よりも高い測定精度と空間分解能を有する計測手法を開発している.本手法では,密度,温度,濃度の時空間分布を可視化できるため,流体中で生じる熱・物質輸送現象を非接触で観測することができる.現在は,熱音響現象に関わる音波内の輸送現象(Shoji et al., J. Acoust. Soc. Am., 155 (2024), 2438)や,液体中の物質輸送現象の観測に取り組んでいる.








